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ライフステージを進めていくことの大切さ
進学や結婚、出産など、ライフステージが大きく変わるタイミングというのは人生に何回もありますよね。そういった環境の変化は、ワクワクするような楽しいことですし、一方でその人にとって肉体的にも精神的にも大きく負荷がかかるケースも少なくないと思います。
ただ、その変化が人としての成長に繋がることは間違いないですし、適切なタイミングでライフステージを前に進めていくことが大切だと思っています。前に進むのは早すぎても良くないですし、遅すぎるのも良くないことが多いのかなと感じることが最近は多いです。
例えば受験においては、志望校に受からず、やむを得ず浪人するケースがあると思います。もし浪人することに十分な合理性があるのであれば、選択肢として考える価値はありますが、人生を足踏みしてライフステージを停滞させているだけと捉えることもできます。
特に医学部受験生については、数年に渡り浪人生活を送るケースもありますが、その選択に本当に価値があるのかはよく考える必要があるでしょう。医学部を卒業しないと医者にはなれないですから、職につくためのルートが極めて狭いかなり特殊な職業ではあるので、大学受験にこだわらざるを得ないという仕方のない側面はあります。
ただ、20歳前後の貴重な数年間を大学受験に費やすよりも、まずはライフテージを前に進めることを優先するという手もあります。つまり希望の学部でなくても進学し、その後でどうしても医者になる思いが捨てられなければ、編入試験を受けたり、あるいは一度社会人になってから再受験するというパターンです。環境を変えれば心境の変化が生まれるのは当然ですし、後になって意外と医者以外の進路が魅力的に感じることもあると思います。いずれにせよ、ライフステージを先に進めないと得られない気付きを優先するという考え方です。
ちなみに、高校と大学は教育機関という意味では同じですが、両者は全く環境が異なるものです。大学では高校と違い、履修などのスケジュール管理は全て自分でやる必要がありますし、サークルやバイトなどで色々なコミュニティーに所属し、それまで関わったことのない様々なバックグラウンドの人と接する機会があります。大学生活を豊かにするためには、自主的で自律的な姿勢が大切ですし、自ら動くことで得られる学びは限りのないものがあるでしょう。大学受験で得られるものには限りがある中で、ちょうど年齢的にも成人を迎え、精神的にも成熟してくる時期に、受験勉強にばかり価値を見出しているのは非常にもったいないことだと思います。
これまでのお話は高校から大学に進学するというライフステージの変化の一例でしたが、それ以降の人生でも同様に、ライフステージを先に進めないと得られない気付きや価値観、経験値というのはたくさんあります。これらは実体験を伴うことなく、想像力だけで補おうとすると、難しい類のものが多いと感じています。例えば、子どもを産み、育て、家庭を切り盛りする大変さや、その生活を通して得られた気付きや価値観を独身の人が想像だけで追体験しようとするのは無理があると思っています。
では、必ず周囲の大多数の人と同じタイミングで進学や就職、結婚へと道を進まなければいけないかというと、そういうわけではありません。というよりも、そう上手く前に進めない人もたくさんいると思います。他の人と同じように振る舞わなければならないと考えてしまって、型にはまった人生を送る必要は全くありません。自分の進むべき道を熟考して、自分なりの人生を歩むべきでしょう。むやみに他人と自分を比較して、自分を苦しめるべきではないとも思います。
ただ、実際は適切なタイミングでライフステージを進めていくことが、その人が社会で生きやすくすることの手助けになることも多いんですよね。幸か不幸か、社会がそのように設計されているということは事実だと思います。
友人がみんな大学生活を楽しんでいるのに自分だけ浪人していたら、これまでの友人と疎遠になってしまうこともあるかもしれません。皆が社会人としてバリバリ働いているのに、自分だけ夢を追いかけてくすぶっていたとしたら、自分に引け目を感じてしまうこともあるかもしれません。周囲の人が次々に結婚していくなかで、自分だけ独身のままだとしたら、将来に不安に感じてしまったり、時には親から「あなたはいつ結婚するの?」とプレシャーをかけられることもあるかもしれません。結婚した後もし子どもを持たないことを選択したら、子どものいる友人たちと話題や価値観が合わなくなってしまい、窮屈な思いをすることもあるかもしれません。友人の多くが会社で昇進し、役職や部下を持つ人が多いなかで、自分だけが平社員のままだったら、友人たちと会うのが億劫になってしまうかもしれません。
「他人と自分を比較するのはやめましょう」とはよく言われますが、実際はそう簡単にはいきません。自分ではそうしたくなくても、どうしても比較してしまうものですし、隣の芝生は青く見えてしまうものです。それは悪いことではありません。
ただ、自分自身のことをネガティブに捉えてしまったとしても、その責任が全て自分自身にあると思い込む必要はないと思っています。実際のところ、自分ではコントロールできない要素が作用しているケースも多いですからね。全てを正面から受け止めなければいけないという姿勢は、それ自体はとても正しいことなのですが、それができないときは、無理をしてそうする必要はないと思っています。
しかし、自分の周囲の人たちを見ていると、適切なタイミングで進学、就職、結婚、出産、昇進などを経ることで、ライフステージごとに人として成熟し、変化に伴う苦労はたくさんあるけれど、むしろそういった苦労があるからこそ、人生がより充実したものになっていっている人が多いように感じています。大きなライフステージの変化には必ず困難が伴い、それによって人としての厚みがより増している友人たちを見ると、やはり適切な段階で同じような経験を経るべきだなとしみじみと感じます。
もちろん何事においても遅すぎるということはないのですが、物事には適切なタイミングがあるのかなとふと感じたことを書いてみました。書きながら話が脇道にそれてしまったりして、まとまりのない文章になってしまったのですが、このテーマに関してはまた改めてゆっくりと考えて言語化してみたいと思います。これからどのように生きて、いつライフステージを進めていくべきなのかということについて、もちろん私自身もはっきりとした答えを持っているわけではありません。ただ、このブログのような形で言語化をすることで、思考をまとめ、そして自分自身にとっても気付きがあるようなものにしていきたいと思います。

英語講師。ICU(国際基督教大学)卒。趣味はランニング、映画鑑賞、音楽ライブ鑑賞など。今年はエンタメを全力でたくさん楽しむというのが目標です。



