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君にとってのヒーローは誰か
最近は、誰しも何かしらの推しを持つことが当たり前になってきました。でもその「推し」という言葉が私にはしっくりこなくてもやもやしています。
多く人の推しの対象はアイドルやアスリート、VTuberなど、本当にさまざまです。推しがいることで日常に彩りが生まれたり、同じものを好きな人とつながることができたり、人によっては人生の選択に大きく影響を与えることもあると思います。大谷翔平を見てプロ野球選手を目指すことにしたという人もいれば、LE SSERAFIMに憧れてダンスを始める人もいるでしょう。
それでも、自分の中ではどうも「推し」という言葉がうまく当てはまらない気がしていました。例えば好きなアーティストはいるのですが(最近はTOMOOにハマってます)、去年ライブに行ったから、今年は行かなくてもいいかな、みたいな程度の執着心で応援しています。本当に心から好きなんですけどね、私の応援の仕方はこうなので仕方ありません。
最近少し昔のことを振り返る機会があって、じゃあ自分にとって推しに近い存在は何だったのかと考えてみたとき、「ヒーロー」という言葉のほうがしっくりくるように思えました。
では、私にとってのヒーローは誰だったのか。
いくつか思い浮かぶものはありますが、少し考えてみて、やはりこの人だと思えたのはサッカー選手の中田英寿でした。
今でも好きなアーティストや作家はたくさんいますし、影響を受けた人も一人ではありません。ただ、「ヒーロー」と呼ぶなら、もっと早い時期、自分が中高生だった頃に理由もなく強く惹かれていた存在のことを指すような気がします。
当時の私はサッカーに特別詳しかったわけではありませんでした。それでも、なぜかヒデだけが強く印象に残っていました。
ヒデは日本人で初めて世界の第一線で活躍したサッカー選手です。いまは三笘選手や久保選手のように世界でプレーする選手は少なくないですが、当時は海外のサッカークラブに進むという選択肢はほとんどありませんでした。
外国人にも競り負けない力強いプレースタイルは日本人離れしたものがあり、とてもかっこよく見えたのですが、それに加えて私を魅了したのは彼のピッチ外での姿でした。ヒデは中高時代はサッカーだけでなく勉強もかなり得意だったようで、彼の発する言葉や書く文章は非常に理知的で、ほかのアスリートにはない言葉が私の心を捉えました。
ヒデはマスコミ嫌いで有名で、メディアには冷たい対応を取ることも多かったのですが、ある種孤高の存在とも言えるところがあり、そういう意味でも10代の自分を強く惹きつけるカリスマ性があったと思います。
彼はファッションにも強いこだわりがある人で、W杯ではヒデのプライベートの服装がファッションアイコンとして機能するくらいの注目度だったので、中高生だった私を魅了するには十分なものがありました。
ただ、それを当時の自分が言語化できていたわけではなくて、「なんとなくかっこいいな」というとても漠然とした思いだけがありました。
でも、その「なんとなく」が意外と大きかったりします。
当時はまだSNSもなかったのですが、ヒデが発信しているブログを毎週のように読んでいましたし、関連する本も全て探して読み尽くしていました。ヒデが監修するサッカーゲームも毎日のようにやっていましたし、思えばずいぶん時間を使っていた気がします。
いまの言葉で言えば、たぶん「推し」に近い状態だったのでしょう。
それから、ヒデが選手としてプレーをして生活していたイタリアという場所にも、自然と興味を持つようになりました。
「この人がいる場所ってどんなところなんだろう」
きっかけとしては、それだけです。とても単純で、少し恥ずかしいくらいの理由です。
そのときはまだ中高生でしたが、家で取っていた新聞を誰に言われるでもなく自然と読むようになって、最初はテレビ欄やスポーツ欄くらいしか見ていなかったのが、だんだん社会欄や国際欄の記事も目に入るようになっていきました。
世界のニュースを読むうちに、なんとなく「海外」というものに興味が出てきて、将来は国連で働きたい、みたいなことをぼんやり考えたりもしていました。外交官という仕事があるらしい、と知って少し調べてみたりもしました。
いま振り返ると、かなり曖昧で、根拠のある目標とは言えません。
ただ、その始まりをたどっていくと、「ヒデがかっこよかった」という感覚に行き着く気がします。
そこから少しずつ興味が広がって、大学では国際関係論を学びたいと思うようになり、最終的にICUに進学しました。
ヒデの存在がどこまで直接的な影響としてあったのか、自分でもよく分かりません。もっと別の要因もあったはずですし、単純に英語が得意だったという現実的な理由もありました。
ICUは専攻をかなり自由に決められる大学なのですが、私は美術史を専攻することにしました。理由は当時一年生の時に2個上の先輩とお付き合いをしていたのですが、彼女が美術史専攻だったので、その影響をそのまま受けてしまいました。美術ってなんとなくかっこいい感じがしますからね。恥ずかしながら、全ては安直で単純な理由です。人の影響を受けやすいんですよね。
海外への思いはどんどん膨らみ、大学二年生の夏はいわゆるバックパッカー的にヨーロッパを周遊しました。そのときはフィレンツェを舞台とする小説に強く影響を受けていたので、その本をわざわざ現地に持っていって、ドゥオモ(教会のようなもの)に登ったりしました。ドゥオモの屋上から見渡すフィレンツェの街並みは、私が人生で見た景色の中でも絶対に忘れない最も美しいものとしていまでも心に残っています。そのときイタリアには二週間ほど滞在しましたが、ユースホステルでの同居人など、思いがけない出会いがたくさんあったことを、この文章を書きながら思い出しました。
いろいろと振り返ってみると、海外に対する興味の最初のきっかけはそれなりに曖昧で、そこまで明確に説明できるようなものではなかったように思います。好きな選手やアーティストが誰かとか、新聞やニュースで何かを見たとか、その程度のものです。
「なんかいいな」と思ったこと。
「ちょっと気になる」と感じたこと。
そういう感覚は、つい軽く扱ってしまいがちですが、あとから見てみると、意外と長く残っているものです。
そして、気づかないうちに、自分の選択のどこかに影響を与えています。
ヒーローと呼ぶほど大げさな存在でなくてもいいのだと思います。
ただ、自分の中に引っかかり続ける何かがあるなら、それは無視しないほうがいいのかもしれません。
私にとってのヒーロー中田英寿の現在ですが、彼は29歳という第一線で活躍するサッカー選手としてはかなり早い年齢で引退をして、その後は「旅人」として世界中を旅して、いまは日本酒を中心に、さまざまな日本文化を発信する事業を営んでいます。いろいろと見た結果、日本に戻ってくるものなんですね。世間では賛否あるようですが、面白いものです。いまはヒデのことを詳細に追いかけているわけではないのですが、変わらず応援したいと思っています。
推しやヒーローの存在は長く自分の人生の中に残る可能性がありますし、彼らから受ける影響は少なくないだろうと思っています。
自分の好奇心に従って、何かを始めたりそれを追求することは学生時代だけでなく、長い人生で常に大事なことです。一方で、好奇心をくすぐるような出来事や場面はそれほどたくさん目の前に巡ってくるわけではありません。だから、そのきっかけは一つずつ大切にしたほうが良いと思っています。
なにか心が動かされたような経験があったとき、もしそこにポジティブな感情が伴っていれば、それが消えてしまう前に手に取ってみて、自分なりに追求してみるか、同じような思いを持った人と交流を深めて、心が躍る体験がたくさんしてみると良いと思います。
推しやヒーローに魅了された経験は案外長く記憶に残るし、もしかしたら人生の転換点になるかもね、というお話でした。ではまた次のブログで。

英語講師。ICU(国際基督教大学)卒。趣味はランニング、映画鑑賞、音楽ライブ鑑賞など。今年はエンタメを全力でたくさん楽しむというのが目標です。



