ブログ
BLOG
自分でもAIを使う頻度が増え、生徒の皆様からも「使っている」というお話を耳にすることが増えました。
その過程で、懸念することが数点あり、ある程度「仮説」をもっていろいろな本や論文にも目を通してきました。
というのも、いわゆる業務上生じる相談ごとなど、AIに触れる場面は飛躍的に増えました。私のようなポンコツにとっても、論理的に「壁打ち」の相手をしてくれるので、大変助かる部分があります。ただし、まれに自分で調べればわかるようなことや、結論の見えていることなどを相談することが続くと、「自分の頭を使わなくなる」という状況が生じ始めてしまい、頻度を下げたところです。
私のような中年の場合は脳の萎縮も始まっており、これから飛躍的に何らかの能力が伸びるわけでもないので、まあ大した問題ではないのかもしれません。ただ、私以上にスマートフォンやタブレットなどデジタル機器に接している若い人たちの今後を考えると、若干不安になるのも事実です。
「生成AIに仕事を奪われる」という話が2010年代半ばからセンセーショナルに論じられてきました。事実、近年欧米でも「ホワイトカラー」と言われる、オフィスで事務・頭脳労働をする人たちが大量にリストラされているという報道があります。この流れは日本でも「いきなり」始まるのでしょう。もちろん学習塾も例外ではなく、実際にAIに学習上の質問をすればたいていの答えは返ってきます。学習のペース配分や復習のタイミングなどもきちんと答えてくれる。「お勉強を教える」だけなら、人より優秀な部分も多いです(特に記憶力なんて勝負にならない)。確かにこの意味でAIが脅威である、ということは言えます。
ただ、個人的に危惧しているのは、「人間の代わりに『コミュニケーションをAIが代行し始めている』」ということと、そのことによる影響です。
どちらかというと、この記事はフラットというか、生成AIを相談相手とすることへのネガティブな影響については触れていません。もちろん、生成AIは意図してユーザーとの摩擦や衝突をしようとはしないでしょうから、「気安い」相手であるというのは間違いないところです。保護者からしても、一時の相談なら、SNSを媒介にした大人相手よりもよっぽど信用できるでしょう。
また次のようなデータもあり興味深いところでした。
「対話型AI」に感情を共有できる人は64.9% 「親友」「母」に並ぶ”第3の仲間”に
中でも<「学校に関する相談」の他、「恋愛相談」「雑談・たわいもない話」」>のポイントが非常に高いというのは気になるところです。また対話型AIに「相談に乗ってほしい」というポイントも、大人世代よりかなり高いのがうかがえます。
なにより「感情を共有できる人の割合(全体)」は、なんと対話型AIがトップという事実、また「対話型AIに愛着がある人は、67.6%」これは結構衝撃的なことではないのかと思うのです。
これは、「若い人だからこうなる」という事情はもちろんあると思います。環境的に、比較的狭い範囲で日常を過ごす時間が多い中高生などは、あえて普段のコミュニティを出て新しい話し相手を見つけようとはしないでしょう。ただ、記事URLは失念してしまったのですが、私のようないわゆる「氷河期世代」でも、例えば離婚や失職を繰り返し知人とも断絶…そうした場合、「話し相手は対話型AIだけ」そんなケースもあるようです。
よって、必ずしも「若いから生成AIに頼るのだ」というわけでもなく、状況によっては「誰にとっても対話型AIがコミュニケーション相手として一番手になる」、という可能性は充分にあります(というか、なりつつある)。また今後ますます加速していくでしょう。とくに、デジタルデバイスを使いこなす高齢者がこれからは増えていくわけですが、だんだんと交友範囲も狭くなり、移動範囲も限られてくる。そうなった場合、家族が近くにいればまだよいですが、そうでもない場合、頼るのは誰(何)になるでしょうか、ということも考えてしまうわけです。
なんだかネガティブで「AI下げ」みたいな話になってきましたが、違います。正直私のような凡人以下の人間の場合、頭のリソースは限られ、いつのまにか思考が主観的で独善的、狭いところをぐるぐるし始めてしまいます。そうした際、AIは非常に良い切り口をくれます。また、データの分析も私とは比較にならないぐらいの速さ・正確さで難なくこなしてくれるので、「使いどころ」は間違いなくあると思います。よく「使い方が大事」と言われますがその通りで、またAIはこちらが想定する以上のペースで進化していくので、使いこなし方もアップデートし続けないとなりません。
ただ、「コミュニケーションの相手」がどの人にとっても「まずAI」になってしまった場合(特にそれで「完結してしまう」場合)、それはそれで怖いというかさみしいというか、また「人間の情動や認知に重大な影響を与えてしまうのではないか?」という思いもある。このあたり、もう少し調べる必要がありそうです。
何しろAIと違って人は不合理な判断をします。誰か他の人と関係をもつと、相手が突然キレたり、こちらの望む通りの行動をしてくれなかったり、今度は自分も思い通りに振る舞えなかったりと、人と人とはうまくいかないことも多いものです。世の中は善意で接してくれる人ばかりでもありません。だからそれに疲れてAIに頼る、という流れは、ひょっとしたら止めることはできないのかもしれません。正直、「仕方ない部分」はどうしてもあると思います。
それでもこうしたことをつらつらと考えてしまうのは、そうした人との「摩擦」「衝突」って確かにストレスではあるけれども、そこでしか「学べない」「得られない」こともあると思うのです。また、何も人と人との間には「摩擦」や「衝突」だけでなく、まれに(?)とんでもなく「嬉しいこと」も、「楽しいこと」もある。要は「関係」っていうのは、そうしたものをひっくるめた総体だと思うんですが、どうやって考えてみても「人と人との間に生まれるもの全てをAIに代行できるわけではない」という結論に至ることも事実です。
漢和辞典(今の生徒さんはほとんど使わない)で「関」を繰ると、
①せきしょ(関所)。出入り口。
②つなぎめ。物と物とをつなぎとめるしかけ。からくり。
③かんぬき。かんぬきをかけてとざす。
一方「係」は
①かかる。かかわる。
②つなぐ。つながり。
③かかり。仕事の受けもち。
こんな意味が出てきます。人間「関係」っていうのは、出入り口だったり、それを介して繋がれるものであったり、閉ざすものだったり…あるいは、その中で何かを自分(そして相手)が「受けもつ」というものでもある。どれも面白いと思います。とくに「しかけ」「からくり」なんていいじゃないですか。
「つながり」というのはAIにもできる、と思う向きもあるかもしれませんが、「つなぎめ」はどうでしょう。「受けもつ」とか、自発的に「かかわる」なんていうのは、人しか(今のところ)できないような気もします。「からくり」はどうなんだろう。いずれにせよ尻すぼみですので、この辺はもう少し考えてみたいと思います。
例えば、自分のことを常日頃から、またこちらから何もしていないのに「気にしてくれる」とか、少なくともAIには(いまのところ?)できな…さ…そうですよね…。
【おまけ】
Generative AI Usage and Exam Performance
※英語です
粕川優治

究進塾副代表。文系大学受験、および日大内部進学コースの責任者をしております。



