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【1】大恐慌が突きつけた「市場自動回復」への疑問

世界大恐慌を乗り越える理論とは何だったのか― 乗数という発想の入り口 ―
1929年の世界大恐慌は、市場が自動的に回復するという従来の信念を大きく揺さぶりました。
「価格が下がれば需要は増えるはずだ」
「賃金が下がれば雇用は回復するはずだ」
そうした理論的前提は、現実の前では説得力を失いました。工場は止まり、人々は職を失い、街には沈黙が広がりました。


【2】経済は人間の心理と期待の上にある

経済は単なる数字ではありません。そこには生活があり、心理があり、期待と不安があります。
大恐慌は、市場が機械的に動く装置ではないことを、社会全体に突きつけました
こうした状況の中で、ケインズが提示したのは

「需要は連鎖する」

という発想でした。


【3】政府支出が生み出す最初の所得

仮に、政府が「景気対策として100の公共事業」を実施したとします。道路整備でも橋梁建設でも構いません。
重要なのは、新たな100の支出が経済の中に注入されたという事実です。
「この100はまず建設会社の売上」になります。
受注が増えれば「人手が必要」になり「雇用が拡大」し「労働者の所得が増加」します。ここまでは自然な流れです。


【4】所得が消費を生み、次の所得へとつながる

しかし、ケインズが注目したのはその先でした。
所得を得た人々は、そのすべてを貯蓄するわけではありません。生活費として消費に回す部分があります。
その「消費は別の企業の売上」になります。売上が増えれば生産が拡大し、再び雇用が増えます
そして「新たな所得」が生まれます。


【5】呼び水としての支出と需要の連鎖

この一連の流れは、一度で終わるものではありません。ここでケインズが用いた比喩が

「ポンプの呼び水」です。

水をくみ上げるポンプは、最初に少量の水を注がなければ動きません。しかし一度動き始めれば、自ら水を吸い上げ続けます。同じように、経済も最初の支出が呼び水となり、需要の循環を再起動させる可能性があるというのです。
重要なのは「最初の100がそのまま100で終わらない」という点です。経済は循環しています。

「誰かの支出は必ず誰かの所得」

になり、その所得の一部が再び支出に回ります。この循環がある限り、支出は波紋のように広がります。
縮小が連鎖するのであれば、拡大もまた連鎖しうる
この対称性を理論として示したところに、ケインズの独創性がありました。


【6】乗数理論という考え方

もちろん、その広がりは無限ではありません。
所得の一部は貯蓄に回り、税として回収され、輸入にも使われます。連鎖は徐々に弱まり収束します。
しかし、それでも最初の100は一回で消えてしまうのではなく、経済全体に複数段階の影響を与えます

大恐慌の本質が「縮小の連鎖」であったとすれば、ケインズが示したのは「拡大の連鎖」が理論的に可能であるということでした。
市場は放っておけば必ず回復するとは限らない。しかし、適切な支出があれば、循環は再び動き始めるかもしれない。
この発想を理論として整理したものが、後に「乗数理論」と呼ばれるようになります。
次回は、この連鎖がどのような前提のもとで成立するのかを、より整理された形で確認します。消費がどのように決まるのかを定義した上で、段階を踏んで乗数の大きさを考えていきます。


執筆者プロフィール


S(イニシャル)
1964年生まれ。
公務員試験対策予備校や大学・専門学校など、様々な現場で学生を指導してきました。
得意なのは大学レベルの経済学、経営学、会計学で、究進塾では主に大学授業補習コース(オンライン)を担当。

長年の豊富な指導経験から、「学生のつまづくポイント」を的確に把握しています。
堅苦しい「経済学」という学問を丁寧に解きほぐし、わかりやすく説明します。
とても親しみやすい性格で、質問もしやすいです。
生徒様お一人お一人に合わせた、また基礎を大切にした丁寧な指導がモットーです。

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