究進塾

インタビュー

INTERVIEW

O様 単位取得インタビュー②

【インタビューにご協力いただいた方々】
O様:北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科、作業療法学専攻の2年生。
数学・統計を受講していた。
並木塾長:究進塾の塾長。
山口先生:O様の担当講師。
*以下、敬称略。

 

印象に残っている言葉

並木:山口先生のアドバイスとか言葉で印象に残ってるものはありますか。

山口:ずいぶん前なので、何を言ったか覚えているかな…

O:結構いっぱい書いていますよ。

並木:そうなんですね。

O:というのも、宿題を口頭で説明されるので、自分で今日はここをやって、次はこれ、あの課題も出されたみたいなことをたくさん書いていたんですけど、授業の中で面白かったこととかもメモすることがあって。そういうものだと、「はじめてのおつかいを見てるみたいです」と言われたのは記憶に残っています。(笑)

山口:覚えています!心配だから1人でまだ歩かせられない。数学についても統計についてもまだ何も知らないから、本当にこちらで全部解いてあげたくなってしまうということを言ったんです。

O:12月ぐらいに、確か広義積分をやっていたんですけど、全然積分計算ができなかったんです。ちょうどこのとき数学もかなりハードな内容だったのもあって、いっぱいいっぱいだったんですね。それで、試験を時間内に終わらせるようなレベルじゃなくて、まるではじめてのおつかいを見てるようなレベルだと言われて。ちょっと面白かったので書いてありましたね。

山口:1人で試験に行くことをおつかいと例えていたので、試験の問題を解くなんて1人でやらせてあげられないから、補助でお父さんが入ってあげたくなるというような気持ちだったと思います。

O:ニュアンス的にはよく伝わって、その通りだなと思いました。本当によく間に合ったなと思います。

山口:最終的に試験範囲の全ての演習問題が終わって、過去に解説した範囲を復習して解き直す時間まで確保できましたね。

 

2回の挑戦で単位を取得

並木:結局統計は1回落としてしまった後、もう一度チャレンジして単位を取ることができたんですよね。

O:そうですね。統計は通年の科目だったので、再試も含めると5回もテストを受けたんです。1回目の1年生の7月・1月にテストを受けてダメで、2回目の7月もダメ。それの救済措置の解き直しを出すために10月から山口先生に教わり始め、解き直しを無事に提出、その後の1月のテストも怪しかったんですが、何とか再試を受けて単位を取ることができたんです。

並木:2月の再試で無事に単位が取れたということですね。

O:最初は点推定の問題しかできなくて、それだけを解いて出すみたいな感じでした。

山口:最後の方は丸が増えていきましたね。

O:そうですね。全く解けなかった状況から、少しずつ解けるようになっていきました。2回目のときはやはり手応えがありました。統計以外の科目は単位を取れていたので、1月半ばから2月半ばに関しては、統計だけに時間を費やせたことも大きかったと思います。

並木:統計は、概念的なものが難しいということですよね。

山口:難しかったですね。

O:まず、どの数値をどの表にに入れればいいのかというものが分からなかったんです。電卓の扱い方も私には難しく、入力を間違えたら一巻の終わりじゃないですか。とにかくストレスが多かったです。

並木:そうですよね。

山口:大学の統計では、微分積分の授業より難しい数学、大学の数学ですよね。ガンマ関数とか扱っていたので。原義の説明は時間が足りなかったので、かいつまんでというか、テストを解くための教え方に注力しました。

並木:とにかくテストを解いて単位を取るために、最短な方法に絞って伝えていくしかないですもんね。

O:大学の統計の授業は、ポカーンとしている間に終わって、また来週、最後にその日の授業内容の小テストで出欠を取るという流れだったのですが、その小テストも全然解けなくて。

山口:でも、だんだん内容が追いついてきて、その日の小テストが解けるようになっていきましたよね。

並木:それはすごいですね。

O:本当に最後の方は何とか解けるようになって、統計の先生にも「解けるようになってきたね」みたいなことを言ってもらえました。

 

リハビリのクリエイティブな側面

O:結構リハビリってクリエイティブな仕事という側面があると思っていて。患者さん1人1人に対して、その人のパーソナリティ、どういう人生を送りたいかを見て、リハビリを組んだり、どのぐらい体を治せばいいかを考えたりするんです。自分の力量も問われるし、アイディアも出せるので、素敵な仕事かなと思います。

並木:将来の仕事に自分のやりがいを感じられるのはやはりいいですね。

O:文章を書くことが好きなので、大学院進学も考えていて、将来的には医学系のライターとかにもなれたらいいなと思っています。

並木:文章を書くことが好きな方は発信ができるから可能性が広がりますね。

O:運動学や脳神経学、精神科学など身体のことについて学んだ後は、結構クリエイティブな側面が強いかなと思います。そこは、看護などとは違うところかもしれません。

並木:看護はクリエイティブな要素は少ないんですか。

O:そうですね。寝たきりの患者さんだったらこう、術後だったらこうとパターンが決まっているものが多いです。患者さんの性格などを見て、どういう風に回復をさせるか決めるということはないのかなと思います。

山口:話を聞いていると、ちょっと分かる気がしてきました。確かに、リハビリテーションは、色んな手法がこれからも見つかりそうだし、新しいアプローチ・考え方ができそうですよね。

O:リハビリテーションが、第2次世界大戦の後に出来た学問なんですよね。結構リハビリの学問の歴史は短いというか、まだまだこれからだなと思います。

日本初の理学療法士誕生

理学療法士および作業療法士法が施行された翌年の1966年、初めての国家試験が実施されました。その結果183名が合格し、「基本的動作能力の回復を図ること」を専門とする唯一の医療専門職が、日本で初めて誕生しました。
(リガクラボ「【前編】理学療法士の歴史 日本の理学療法士の歴史はここから始まった―」より引用、編集。)

 

並木:最近ようやくリハビリ専門の病院ができてきましたよね。

O:たとえ完治するのが難しいとしても、できるだけ回復させて、できるだけ日常生活に近づけるのがリハビリができることですね。

並木:色々とやりがいがありますね。

 

卒業後の進路

並木:4年生を卒業したら、国家資格を取るんですか。

O:4年生のときに全員国家試験を受けるので、それに合格すれば作業療法士として勤務することができます。

並木:資格を取った後は皆さんどういった職に就くんでしょうか。

O:大体は病院に就職するんですけど、老人ホームや施設、デイサービスを提供しているところ、障がいのある方向けの小学校や、その方向けのデイサービスなど多種多様です。あとは、会社で働いてライターをやっている方もいれば、フリーランスみたいな感じの方もいたりします。海外に行かれる方もいますね。

並木:今の時点で構いませんが、どういうところでどんな風に働きたいかを考えたりしていますか。

O:最初は、病院で研鑽を積みたいと思っているので、病院に就職する予定です。

並木:それはいいですね。

O:病院なら勤め先もたくさんありますからね。

並木:国家資格があれば、安定して職に就ける面がありますよね。

O:そうですね。あとは、AIに取られない仕事ランキングみたいなものでいつも上位に入っていると思います。

山口:体を支えてあげたり、患者さんの心情に寄り添って相談に乗ることなどは、現在のAIにはまだ難しいですからね。

O:これからますます高齢者も増えますし、リハビリという職業が無くなることはないかなと思います。

山口:AIに励まされるより、人間に励まされる方が、患者さんの元気もきっと湧いてくるでしょうから。

並木:それはそうですよね。

 

苦手と向き合ったハードな半年間

O:数学をやるということは、自分にとって最も苦手な科目に向き合うことだったので、ただ数学と統計に向き合ってやったというより、もっとハードな半年間だったなと思います。

並木:小学校の頃か、それ以前から苦手意識を持っていたと先ほど仰っていましたもんね。

O:そうですね。その頃から苦手意識を持っていた科目でも、それだけに本腰を入れてやれば、何とか目標を達成できるという意味では、それこそ大学入試以上の疲労感もあれば、達成感も得られた半年間だった気がします。もちろん、無闇に頑張れば良いということではなく、適切に教えてくれる先生がいるうえで、努力を重ね、膨大な時間を費やすことで、目標達成も叶うのかなと思います。

並木:Oさんの今まで人生の中で、努力した度合いで言うと、単位取得を目指したこの半年間は結構高かったということですか。

O:大学受験のときも高校生活と両立しなければいけないのがかなり大変でした。もうこれ以上勉強が大変になることはないだろうと思いましたが、実際は大学受験よりは精神的に大変でした。大学受験はどこに受かるかわからない、文系から理系の大学を目指したので、きっと合格最低点レベルだったと思うんですね。高校では、推薦を使ったりしながら大学が決まる人もいて、それを横目で見ながら勉強するみたいな、孤独だなと思う瞬間はありました。それと比べてこの半年間は、自分との戦いだったと思います。山口先生が「とにかくこのプリントを全部解けるようにしないと、試験で解けるようになりません」みたいなことを仰って、実際本当にそうだったんですよ。

並木:そうだったんですか。

O:これは解かなくても良いという考えは甘くて、どの問題も見たら解けるというレベルにしておかないと、試験には全く太刀打ちできなかったです。

並木:それは確かに、なかなか厳しいですね。

O:国試は本当にそういうレベルだと思うので、ある意味では今のうちに鍛えてもらったのかなと今は思っています。

 

習い事づくめな幼少期

並木:Oさんは確か、国語や英語は早くから勉強してたんですよね。

O:親が熱心だったので、早期教育的なものを受けていました。こどもちゃれんじとか、Z会、英会話…

並木:たくさん習い事をされていたんですね。

O:そうですね。習い事がほぼ毎日あったので、休みが週に一日しかありませんでした。今と変わらない生活と言いますか。

並木:本当ですか。英語はその効果があって、得意科目になったんですかね。

O:そういう感じというよりかは、大きく嫌いにならずに何とかやってこれたみたいな感じが近いですね。今英語が得意かっていったら普通ぐらいなので。大学に行けば、帰国子女とか、留学経験がある人がいっぱいいるので、全然太刀打ちできませんでした。でも、言語そのものや、本を読むことが好きだったので、英語の文章、洋楽が好きだったからということの方が影響しているかなと思います。

並木:そうなんですね。大学受験のときは英語も得意だった?

O:数学とか生物に比べれば、というレベルなので普通です。国語はとても好きですし、得意です。

並木:国語は、やはり小さい頃から本を読むのがずっと好きだったからでしょうか。

O:そうですね。小さい頃からずっと本ばかり読んでいたそうです。生まれたときから文章とかが好きだったと親が言っていたので。今も、テレビよりラジオの方が好きだったりします。勉強でも、映像授業とかは苦手で、それより参考書を読んだり、文章を読む方がわかりやすいです。だから私は言語と聴覚優位なんだと思います。

山口:わかります。私も普段テレビは一切見ません。YouTubeの経済系の解説とかも、耳で聞いて理解しています。

 

必修だらけのカリキュラム

並木:大学に入ってからは何か、部活動やサークルとかは入られていたんですか。

O:入学当初は、オープンキャンパスでの誘導や片付けをする運営スタッフするサークルに入っていました。でも、今は授業も詰まっていて忙しいので参加していないです。北里大学のリハビリテーション学科は、自分でカリキュラムをほぼ組めないんです。今、2年生の後期をやっているんですけど、選択科目が一つもなく、月曜から金曜の1限から5限まで必修科目なんですよ。

山口:そのような大学は珍しいのではないでしょうか。

O:よく他の大学のお友達が、前期はたくさん取ったから後期は週に1回来なくていい日があると聞いたりするのですが、ここでは考えられないですね。アルバイトもやれる時間がないくらい、必修で組まれた授業が忙しいです。

 

単位取得おめでとうございます!

並木:今日は貴重なお時間を割いていただきましてありがとうございます。色々なお話が聞けて、大変面白かったです。

O:こちらこそ本当にありがとうございました。まさか大学でも塾に行くなんて思っていませんでした。

並木:後に続く方もすごく希望を持てるようなお話だったと思います。これからもOさんのご活躍をお祈りしています。

山口:ありがとうございました。これからも頑張ってください。