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私が学生の時に『「超」整理法』で一世風靡した野口悠紀雄氏。以前から経済学者としての日本の経済政策などの言説をネットメディアなどでよく目にしていました。「平成はなぜ失敗したのか?」や円安政策への批判、「アメリカはなぜ豊かなのか?」についての意見をネットメディアを通じて(断片的にですが)、読んだり見たりしていて「経済の専門家でありながら、データを駆使しながら、切れ味鋭いだけでなく、素人にも分かりやすい指摘・解説をする切れ者」という印象を持っておりました。
その野口氏が書いた『「超」勉強法』を読んでみたところ、やはり興味深く、学ぶべき点がありましたので、このブログで紹介したいと思います。
まず初めに、野口氏の勉強に対する考え方を簡潔に示すと、以下の通りです。
・勉強こそが人間に与えられている最大の贈り物である
・人間だけが教育を受けることによって生まれたときの階級を超えられる
・社会に出てからの仕事では、成果は様々な要因によって左右されるため、努力をしたのに成果が上がらないこともある。運に左右されることもある。しかし、勉強の場合には、結果が運に左右されることはほとんどない。勉強で得られる成果は、努力によって確実に獲得できる最大のもの
私達は、学校の授業や定期試験、もしくは高校受験の挫折などで勉強に嫌気がさしてしまったり、苦手意識が取れない状況の生徒さんと接することが多いのですが、「勉強できることが実は恵まれている」という点を改めて認識させてくれます。
その上で、野口氏の推奨する勉強法は主に次の3点です。
①問題の解き方を覚えて、それを当てはめる(特に数学)
②平板に勉強するのではなく、重要なところに努力を集中する
③全体を把握して、部分を理解する。英語は文章を丸暗記する。
それでは、一つずつ順番に、詳しく見て行きましょう。
①問題の解き方を覚えて、それを当てはめる(特に数学)
この方法は、かつて精神科医の和田秀樹氏も「数学は暗記だ!」「受験マニュアル」といった著作で推奨していた勉強法と共通します。蛇足ですが、私も高校生のときに、学校(巣鴨学園)の数学の先生に「どうやれば苦手な数学ができるようになりますか?」と聞いて「数学は暗記すればいいんだ」というアドバイスをもらいました。ただ、暗記の内容を詳しく聞いていなかったので、自分で勝手な解釈をして、模範解答にチェックペンを引いて暗記しようとして、うまく行かなかった記憶があります。その苦い経験から、「暗記」と言っても、ただ目で見て覚えるのではなくて、具体的には「解法を真似して実際に解いてみる」ことが大切で、「手を動かす」ということは必須と私は考えています。
この点は、野口氏、和田氏の意見と大筋では共通するところだと思います。
さて、その野口氏は以下のように書いています。
・数学の成績を上げるための最も確実な方法は「数学は独創」という思い込みをやめること。そして「数学は定型的パターンの当てはめ」「その意味で暗記」と割り切ってしまうこと。
これは多くの迷える受験生にとっては心強いメッセージですね。さらに、以下のようにも言っています。
・多くのことを暗記している人の方が、独創性を発揮できる。「自分の頭で考えよ」というのは「偽りの独創性」である。
特に、後半の言葉は、「AI時代に知識は必要ない」という昨今よく聞く言説を、真っ向から否定するものです。もっとも、野口氏は別の章で、AIに強い関心を持っていることも伝わります。ですが、それでも知識は独創性につながる、と言い切っています。
さらに大胆な発言もありました。
・重要なのは、「自分の頭で考えること」ではなく、「疑問を抱き、質問すること」
・「自分の頭で考えよ」と言う親や先生、上司は何も有益なアドバイスをしていない。本来提供するべきは「こういう事例があった。これが参考にならないか?」という情報
私自身、これまでの人生で何度となく「自分の頭で考えよ」という言説を目にしたり、学校の先生から言われたりしてきました。そのたびに理屈としては理解できるものの、「どうやってそれをやるんだろう?」という疑問が残り、結局やり方が分からないままで放置していたという経験があります。だからこそ、「重要なことは疑問を抱き、質問すること」というのは腑に落ちました。
仕事をしていく中で、そして生きて行く中で“Why?(なぜそれをやるのか?)”を考えるというのは、最近は特に意識しているところですが、そことつながる話ですね。
その他、以下のような考えも、野口氏が言うと、説得力があります。
・学校での勉強に関する限り、新しいものを付け加えることは要求されていない。これまでの知識の体系を正しく学ぶことだけが要求される。
特に数学だと「ひらめきが必要」と思いがちですが、これで迷いなく、「そうか!理解した上で、暗記すればいいんだ!」と割り切れそうです。
また、これまで多くの受験生を見てきた経験上、「完璧主義の人はうまく行かないことが多い」というのは実感として感じていましたが、次の言葉で納得しました。
・基礎が分からなくてもよいから、とにかく進んでしまうのがよい。8割分かったら先に進む。
・部分を積み上げて全体を理解するのではなく、全体を把握することによって部分を理解する。
「とにかく、完璧でなくてもよいから先に進む」のが大切ということを再認識させられました。
一方で、具体的な数学の暗記の仕方については、この本ではそれほど詳しくは触れられていません。詳細な方法を知りたい方は、和田秀樹氏の「数学は暗記だ!」を読むことをおすすめします。
②平板に勉強するのではなく、重要なところに努力を集中する
この章の野口氏の意見を集約すると、次の2点です。
・できる学生は「何が重要か」を把握している。対して、成果が上がらない学生は、努力する対象を間違えている
・2割を制すれば8割を制し、8割を制すれば天下を制する
ひとことで言ってしまうと「要領よく勉強したものが強い」ということですね。結局のところ、重要な2割をどう見極めるか、がカギを握るわけですが、そこについてはこの本では言及はしていません。
ここで、著者の経験が語られます。
「大学で応用物理学を学んでいたが、4年生で経済学の勉強がしたくなった。経済学の知識を持っていることを採用者に示すために、国家公務員試験の経済職を受けた。応用物理学科に在学していたことで、実験もあり、厳しい時間制約の中、過去問を見て分からない専門用語は辞書を引いて勉強した」
補足しますと、まず過去問からやるという方法はこの本でも何度か言及されている方法です。
「できるだけ早く、高いところに登る」という方針に基づいた勉強法ですね。
ちなみに、当塾の講師でも「最低限の基本ツールを身に着けたら、過去問にチャレンジし、そこから足りないところを見つけて穴埋めして行く」という方針をとっている講師はいます。これも一種の受験勉強の伝統的な手法と言えるでしょう。
ただ一方で、指導者の視点で見ると、デキる生徒や馬力のある生徒であれば、この手法はとても合理的であり、最短とも言うべき方法なのですが、全く歯が立たないことや、目標までの距離がありすぎることを痛感して、モチベーションが一気に落ちてしまう方も一定数います。
何を隠そう、私自身が正にそうでした。高校2年生の途中から1年ほど通っていた塾では、「東大合格を目指す」という方針で、毎回東大の過去問を解いては、授業で先生が解説をしていました。ただ、当時の私は基本ツールさえ身に着けていなかったので、毎回全く歯が立たず、先生の解説を聞いても自分で解けるイメージが全くつかず、結果的に、ほとんど力はつきませんでした。
時間が経って、現役時の入試時期となりました。受験した私大はことごとく不合格で、東大の前期入試が手ごたえなく終わってから、東工大の後期入試までの2週間弱で毎日必死で基本ツールを身に着けるべく、典型問題を解きまくりました。結果的には東工大の後期入試には間に合わなかったのですが、後から思えば浪人してからこれが力になったと実感しています。このため、「まずは過去問から」というのはあくまで基本ツールが身についていることが前提で、万人に通じる方法とは言えないと思います。もちろん、1回分試しに解いてみて、「現在の自分の実力との距離感を測る」という意図でしたら有効だと思いますが・・・
③丸暗記法で英語は完璧
私はこの本の中で、この勉強法が最も大胆だと思いました。
具体的に野口氏の言葉を紹介していきます。
・単語を覚えるのではなく、文章を丸暗記する。
・日本語と英語の単語は一対一の対応をしないので、分解法はダメ
この提案は非常に大胆だと思いましたが、同時に一定の覚悟とパワーが要るだろうな、と思いました。特に初動負荷は大きいでしょう。実際、私も試したことはありませんし、日頃接する究進塾の生徒さんにこの方法がうまく行くイメージもできません。ですが、この本を読み終わってから、「試しに洋書を一冊読んでみよう」と思い立ち、ブックオフに立ち寄って前から興味のあった”GRIT”があったので買いました(読めるかどうか、はまたいずれご報告します)。
この方法は、これまでの英語の学習の仕方に違和感を感じていた方ほど、試してみる価値が大きいかもしれません。
さて、この③までがメインで語られた内容ですが、それ以降で気になった箇所を部分的にピックアップしておきます。
【日本語について】
・文章にはその人の能力がはっきりと表れる
・口頭ではごまかせるが、文章ではごまかせない
・正しくわかりやすい文章の発信を頻繁に行うべき
【論理について】
・必要条件と十分条件の区別を明確にする
【比喩について】
・比喩を使うと、論理的に正しくない内容でも相手を説得することがある
【AI時代に必要なスキル】
・日本人の多くにとって必要なのは、数学の基礎的な訓練である
・日本企業の全員が統計学の基礎を身に着け、日常の仕事で活用するだけで日本は大きく変わる
【勉強がビジネスに生きるか】
・重要なことは勉強の場合にはほぼ固定的だが、ビジネスの場合には往々にして大きく変化する
概して、とてもシンプルで合理的な方法が語られていました。様々なタイプの生徒と接している身としては、高いIQと高いエネルギー値を持った方に適した勉強法であるという点で、万人にお勧めできる方法とは言えないかもしれません。
ですが、勉強する尊さを再認識し、勉強へのモチベーションが上がる一冊であったこともまた事実です。
終わり近くの、著者のメッセージには、グッと来るものがありました。
・日本は先進国の中では低学歴社会です。日本が勉強社会になることが、日本を再生するための最も重要な手段です。
このブログを読んでご興味を持った方はぜひ手に取ってみることをおすすめします。